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甲府地方裁判所 昭和29年(ワ)210号 判決

原告 紺野保夫

被告 株式会社読売新聞社

主文

被告は原告に対し金拾万円及び之に対する昭和二十九年五月十四日以降完済に至る迄年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は之を五分しその二を被告その余を原告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り原告において金額参万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は被告は原告に対し被告発行の読売新聞朝刊及び夕刊に各二回別紙〈省略〉文案による謝罪広告をなし且つ金百五拾万円及びこれに対する昭和二十九年五月十四日以降完済に至る迄年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求める旨申立てその請求原因として、昭和二十九年三月一日午前九時四十五分頃横浜市西区浅間町三の百二十七番地日本郵便逓送株式会社の郵便車に運転手横山栄一、助手加藤勝治、磯子郵便局金沢分局員岡田義久が同乗して横須賀田浦磯子局金沢分局の三ケ所から集めた郵便袋六十個(現金為替十四個、小包十八個、普通郵便二十八個入)を詰め神奈川局に向う途中金沢区谷津消防出張所附近国道上で追跡して来たクリーム色高級乗用車が突然ジグザグ運転して進路を妨害したためやむなく停車したところ乗用車は運転手一名を残し一見三十才位、ハンチングに黒覆面背高の男に続いてピストル猟銃を手にした若い男が二人下車横山運転手を無言で脅迫右乗用車の後部ボツクス(荷物入)に押込めその儘賊の一人が郵便車を運転して同区朝比奈トンネル附近迄運び同所で賊の二人が横山運転手を郵便車の荷物入に移す間他の二人が相当数の現金(百弐拾万円位と推定)為替など金目のものを抜きとつて同車のローターを外し進行を不能にしたうえ大船方面に逃走した事件が発生した。そこで全国の日刊紙は翌二日の夕刊紙及び三日の朝刊紙上に横浜で郵便自動車ギヤングに襲わる等の見出で社会面のトツプに紙面の大半を費して五段六段抜きで大々的に報道し又NHKラジオニユース、ラジオ東京、文化放送を始めその他の民間放送に放送せられ或は又映画ニユース等にも映写せられる等日本津々浦々にいたるまでくまなく報道せられその犯行の大胆にして悪質の強盗事件であることは未だかつてなく日本犯罪史上初めての事件として全国民の耳目を聳動させたものである。被告は日刊読売新聞を編輯発行するものであるが右事件に関し、

(一)  昭和二十九年三月八日付読売新聞夕刊(二七七五二号)四版に、

渡瀬、紺野容疑深まる(初号活字)

(い)  郵便車ギヤング畔柳はアリバイ成立?(一号活字)

(大月発)郵便自動車ギヤング追及中の山梨県北都留郡富浜村の合同捜査班は八日朝六時四十分から詐欺容疑で逮捕留置中の渡瀬美彦(二七)(元埼玉県豊岡町米軍キヤンプ通訳)紺野保夫(二四)の実家および東京都渋谷区宮下町三の渡瀬のアジトを一せい家宅捜索銃器は発見せられなかつたが書類若干を押収、また渡瀬、紺野の両名は同署鈴木警部の取調に対し「谷村町下谷天野啓二さん方から刀を売つてやると持去つたことは事実だ」と詐取した点は認めているが刀の売却については自供しておらず同地区署は両名の逮捕期間が九日夜十一時で切れるので刀の売却先を追及するとともにギヤング事件との関連容疑についても取調を続けている一方同様詐欺容疑で埼玉県から大月地区署に移された畔柳時雄(四一)についても八日朝別動隊が埼玉県豊岡町の同人宅を捜索したが畔柳については一日夜のアリバイが出て来てギヤング事件の容疑は薄らいだもようである。

(ろ)  (横浜発)横浜市警五十嵐捜査一課長は八日朝十時三十分から記者団と会見次のような談話を発表した。

「渡瀬と紺野は大月周辺を舞台とした自動車ブローカーで両名が有力容疑者と推定されるに至つたのは〈1〉乗捨てられていたと思われる自動車を東京都内山梨県下を売り歩いていた。〈2〉両名が犯人と断定されている東京新宿駅南口で降りたふたりの人相とよく似ている。〈3〉新宿駅に降りたふたりは甲州街道から山梨県に入つたところまで足取がとれた。などの点で七日夜はいちおう詐欺容疑で逮捕したが郵便車ギヤングの裏付がとれれば逮捕状を切替え身柄を横浜市警に移す。なお大月地区署からの連絡によれば畔柳時雄は事件当夜のアリバイがいちおう出てきたためギヤングの一味としての容疑は薄れてきている」。

(は)  渡瀬のアジトも(四号活字)

合同捜査班は渡瀬、紺野両名宅の外八日朝八時渡瀬美彦の東京のアジトとみられる渋谷区宮下町三渡瀬俊三方も家宅捜索をした。

(に)  詐欺を自供 渡瀬と紺野(四号活字)

(大月発)山梨県谷村地区署鈴木警部請求の逮捕状によつて逮捕された渡瀬美彦(二七)紺野保夫(二四)は八日朝までに詐欺事実の一部を自供した。調べによると両名は一月九日午後一時頃同県南都留郡谷村町下谷二九の二天野啓二さん方に現われ「刀をほしがつている人が新宿に待つているから」と天野さんが甲府市穴切町五味光治さんから売却を頼まれ保管中の日本刀三振(時価九万円)を詐取した疑によるもの」

という記事を掲載し尚紺野宅で家宅捜索する係員と題する縦六糎半横九糎半の写真をも掲載した。

しかしながら、右記事にあるように、

(1)  原告等に郵便車ギヤングの容疑が深まつたという事実は全然ない。

(2)  原告及び渡瀬の両名が鈴木警部の取調べに対し「天野啓二方から刀を売つてやると持去つたことは事実だ」と詐取の点を認めた事実はない。

(3)  原告と渡瀬が大月周辺を舞台とした自動車ブローカーであるとの事実は全然ない。

(4)  原告及び渡瀬が乗り捨てられた自動車を売り歩いた事実はない。

(5)  原告及び渡瀬の両名が犯人と目されている新宿駅南口に降りた二人の人相とよく似ているということはない。

(6)  原告及び渡瀬が詐欺事実の一部を自供した事実はない。

(7)  五十嵐捜査一課長が談話を発表した事実はない。

従て以上の記事は全然事実無根のことを掲載し渡瀬、紺野容疑深まるとの初号活字の見出しを以て恰かも原告等が前掲ギヤング事件の犯人であるかのような印象を与えていると同時に原告等を詐欺犯人として取扱つている。

(二)  同年三月八日附読売新聞夕刊(二七七五二号)一版に、

郵便車ギヤングの有力容疑者(特初号活字)

(い)  山梨で二名逮捕(初号活字)

埼玉の畔柳を連行取調(一号活字)

(大月発)郵便自動車ギヤング事件追及中の山梨県北都留郡富浜村役場内の同県国警本部と横浜市警の合同捜査班は七日夜九時十分富浜村上鳥沢一九五五無職渡瀬美彦(二七)(元埼玉県豊岡町豊岡キヤンプ要員第一米軍通訳)を自宅前の路上で、また同九時十五分同村寺向一九二〇機業紺野保夫(二四)を自宅で夫々詐欺(去る一月南都留郡谷村町に自動車を売込みに来て四千円を詐欺した)および銃砲等不法所持の疑により逮捕、郵便車事件の重要人物として特捜本部笠井第三係長らが取調の上八日午前零時二十分身柄を同県南都留郡谷村地区署に移した。一方大月地区署からの手配で七日夜九時埼玉県狭山地区署に詐欺容疑で逮捕された同県入間郡豊岡町扇町屋五一二無職畔柳時雄(四一)の身柄も大月地区署小林巡査部長外二名が連行八日午前三時すぎ大月地区署に移し本格的取調に入つた。

(ろ)  三名は顔見知り(一号活字)借金に困つていた畔柳(四号活字)

合同捜査班の調べによると渡瀬、紺野、畔柳の三容疑者は去る五日夜大月地区署へ「ギヤングと関係あるらしい男を知つている」と訴え出た大月町信用金庫総務課長吉村敏雄氏(四三)の証言により同署で捜査した結果畔柳が昨年十二月二十八日吉村さん方を訪ねた際、畔柳が連れて来た二人の男が渡瀬、紺野の両名らしいことがわかりこんどの検挙となつた。三名は郵便車ギヤング事件については七日夜は否認していたが捜査当局の調べによると

〈1〉  畔柳と紺野の結びつきは渡瀬が豊岡町の米軍キヤンプ通訳当時畔柳と知りその後、駐留軍要員仲間の紺野と三人で共謀駐留軍関係の用品ブローカーなどをなして来たが畔柳が最近約百万円程の借金を作つてしまつたことから今回の犯行が計画されたのではないか。

〈2〉  三名とも自動車の運転ができるうえに横浜市金沢区内の第一、第二現場と第三現場の山梨県北都留郡富浜村附近の地理に非常に明るい。

〈3〉  乗すてた自動車から発見された手ぬぐいの染文字と同一の文字が染めぬかれたものを畔柳の家から発見ほゞ同人のものと一致する。

などの点から八日中には三人とも身柄を横浜市警に移し最後的取調と科学的照合(指紋足跡など)を行う予定である。

(は)  詐欺を自供 渡瀬と紺野(四号活字)

(大月発)山梨県谷村地区署鈴木警部請求の逮捕状によつて詐欺容疑で逮捕された渡瀬美彦(二七)紺野保夫(二四)は八日朝までに詐欺事実の一部を自供した。調べによると両名は一月九日午後一時ごろ同県南都留郡谷村町下谷二九の二天野啓二さん方に現われ「刀をほしがつている人が新宿に待つているから」と天野さんが甲府市穴切町五味光治さんから売却を頼まれ保管中の日本刀三振(時価九万円)を詐取した疑いによるもの。また埼玉県狭山地区署で逮捕され大月地区署に留置された畔柳時雄(四一)の詐欺容疑は昨年十二月二十八日山梨県北都留郡大月町大月信用金庫総務課長吉村敏雄さん(四三)方に現われ「自動車が富浜村扇山登山道で故障した修理費五千円を貸してくれ」と現金参千円を詐取した疑い。

(に)  さらに第四の男?(二号活字)

けさ両名宅を家宅捜索(四号活字)

合同捜査班では八日朝六時四十分班員十三名で渡瀬、紺野両名宅を家宅捜索し文書などの証拠品を押収したが問題の銃器は発見されなかつた。また別動隊は埼玉県豊岡町の畔柳宅の捜索を行う一方同日午前中襲撃された自動車の被害者の運転助手加藤勝次さん(四一)および去る二日未明鳥沢駅から乗車した二人組を目撃している同駅員ら数名にも容疑者を面接させたが証人らの一部にはこの三人の外にいま一人の男があるというものもあつた。

この点について横浜市警五十嵐捜査課長は横浜の第一、第二現場から富浜村の第三現場に至る間に自動車から途中で下車した男がいると認めておりけつきよく犯人の三人説はふたゝび四人説が強まる可能性があり同本部ではこの点についても捜査を続ける模様。

(ほ)  有力な手がかりつかむ(一号活字)

この朝六時四十分特捜班は横浜市警笠井警部指揮の下に甲府地裁谷村支部山下判事の家宅捜査令状により一隊は谷村地区署高野巡査部長以下七名が紺野宅を他の一隊は同署小野警部補以下六名で渡瀬宅を約一時間三十分にわたり捜索した。捜索は報道班の追及を避けるため極秘裡に進められ一たん特捜本部に集合し遠廻りの小さな村道を選んで両名宅に向つた。紺野宅では母親のいしさん(五七)は係官の示した捜査令状に一瞬立すくみその中を係官は保夫の居宅の二階十畳間の机の引出から押入れ天井裏までくまなく捜索を行つた。保夫の机の引出からは渡瀬とかわした手紙や東京都新宿区某氏からの借金督促状などを発見この間同室に数日前からかぜで寝ていた保夫の新妻正子さん(二五)は嫁入道具として持つて来た木の香も新しいキリのタンスが次々とあけられるのをみて何か事件の重大さをさとつたのか青ざめた顔をフトンに深くかくした。そのわきには生後七ケ月の長女広江ちやんが小さな右指をくわえたまゝ無心に笑つていた。

大月地区署鳥沢派出所の筋向いにある酒類雑貨店が渡瀬宅である。その二階四間で倉庫二棟が紺野宅と同様捜査隊の徹底的な捜査にあいこゝでも二三の証拠品が押収された。結局目ざす猟銃は発見されなかつたが捜索隊は事件のカギをにぎる有力な手がゝりを得たもようである。」

という記事を掲載し以上の外縦六糎半横八糎の紺野宅捜索中の写真と縦四、五糎横三糎の紺野、渡瀬の連行される写真との見出で写真をも掲載した。

以上の掲載記事と写真等により郵便車ギヤングの有力容疑者、山梨で二名逮捕、埼玉の畔柳も連行取調、三名は顔見知り、借金に困つていた畔柳、さらに第四の男?けさ両名宅を家宅捜査、有力な手がかりつかむ等の見出しただけでもすでに原告等を犯人と思わせるに十分であり更にその内容の記事を通読すると一層原告等が犯人であると読者をして信じさせるに十分である。しかしながら右記事中、

(1)  原告は自宅で逮捕されたことはなく任意出頭したものであつて係官よりも原告は参考人であるから写真は写さぬようにと注意されたものである。

(2)  原告は四千円の詐欺及び銃砲等不法所持により逮捕されたものではない。

(3)  三人が顔見知りということは絶対にない。畔柳は未知の人である。

(4)  畔柳が吉村大月信用金庫総務課長の所へ原告等を連れて行つたこともない。

(5)  三名が豊岡町の米軍キヤンプ当時知り合つたことなど更になく駐留軍要員仲間の紺野と三人で共謀して駐留軍用品ブローカーをして来たこともない。

(6)  三名とも自動車運転ができるとされているが実は三名とも運転はできない。

(7)  乗り捨てられた自動車から発見された手ぬぐいの染文字と同一の文字が染めぬかれた手ぬぐいが畔柳宅から発見されたことも事実に相違する。

(8)  紺野は詐欺の事実を自供したことがない。

(9)  鳥沢駅員等に原告等を面接させたが同人等はこの三人の外いま一人の男があるというものもあつたと記載し鳥沢駅員等が原告等が容疑者であることを認めた如くなつているが右のような事実はない。

(10)  家宅捜索の結果原告の引出から渡瀬と交わした手紙や新宿区の某氏からの借金督促状などを発見された事実はない。

結局記事の内容の殆んど全部が事実に反するねつ造でありこれ等記事を以て原告等を郵便車ギヤングの有力容疑者と決定づけているものである。

(三)  三月八日付読売新聞朝刊(二七七五二号)十四版に

「郵便車ギヤングの有力容疑者」(特初号活字)

(い)  山梨で二名逮捕(初号活字)

合同捜査班本格的取調べ(一号活字)

(大月発)郵便車ギヤング事件追及中の山梨県北都留郡富浜村役場内の同県国警本部と横浜市警の合同捜査班は七日夜九時十分富浜村上鳥沢一九五五無職渡瀬美彦(二七)(元埼玉県豊岡町豊岡キヤンプ要員第一米軍通訳)を自宅前の路上で、また同九時十五分同村寺向一九二〇機業紺野保夫(二四)を自宅で、それぞれ詐欺の疑により逮捕郵便車事件の重要人物として特捜本部笠井第三係長らが取調のうえ八日午前〇時二十分身柄を同県南都留郡谷村地区署に移した。一方大月地区署からの手配で同夜九時埼玉県狭山地区署に詐欺容疑で逮捕された同県入間郡豊岡町扇山屋五一二無職畔柳時雄(四一)の身柄も大月地区署小林巡査部長ほか二名が連行八日午前二時すぎ大月地区署に移し本格的取調に入つた。

(ろ)  不敵な笑で否認(初号活字)記事省略

(は)  身柄は追て本部に移す(四号活字)

横浜市警特捜班田端警部補談「逮捕した渡瀬と紺野の二人は畔柳とともに自動車詐欺と刀剣不法所持違反の確認を固めた上で改めて身柄を特捜本部に移し郵便自動車ギヤングの容疑者として本格的取調を行う。七日夜は二人の身柄を国警谷村地区署に留置し八日から裏付捜査をはじめる」。

(に)  三名は何れも顔見知り(四号活字)

記事は大体前記(二)の(ろ)に記載した「三名は顔見知り」の項と同一。

なる記事を掲載した。しかし以上の記事は前掲(二)の記事につき述べたとおり殆んど全部が虚構のねつ造記事であつて田端警部補談なるものは全然存在せず横浜市警の捜査班は初めから原告等に対して嫌疑を持たなかつたのである。

(四)  三月八日附読売新聞朝刊(二七七五二号)九版に、

新宿下車の二名判る(一号活字)

郵便車ギヤング逮捕状請求(二号活字)

(大月発)郵便自動車ギヤング事件を追及中の国警山梨県本部と横浜市警の合同捜査班は七日夜八時に至り襲撃事件の犯人とみられる中央線鳥沢駅(山梨県北都留郡富浜村)から東京都内へ潜入した二人組の身元をつきとめ、ただちに甲府地裁谷村支部に逮捕状を請求した。容疑者とみられる二人は東京都渋谷区大宮町渡瀬美彦(二七)(前埼玉県豊岡キヤンプ要員第一米軍通訳)と同所無職紺野保夫(二四)(山梨県北都留郡富浜村上鳥沢)で同捜査班はこの二人をギヤング事件の主犯とみている。同夜両名を逮捕のため大月地区署員が上京。」

なる記事を掲載した。

右の記事によると原告をギヤング事件の容疑者と認定し当局も右容疑で逮捕状を請求し又逮捕のため大月地区署員が上京したとのことであるが右記事は全部虚構のことである。

(五)  三月九日付読売新聞朝刊(二七七五三号)十四版に、

渡瀬、紺野に新事実(一号活字)

郵便車ギヤング 乗用車の指紋と照合(二号活字)

(大月発)郵便車ギヤング事件を追及中の合同捜査本部は八日夜八時から捜査会議を開き七日夜詐欺、銃砲刀剣類取締法違反容疑で逮捕した山梨県北都留郡富浜村上鳥沢元埼玉県豊岡駐留軍要員渡瀬美彦(二七)同村寺向機業紺野保夫(二四)らの取調内容を検討した結果

一、両名は二月末山梨県南都留郡谷村町下谷二九の二古物商天野啓二さん(三八)を訪れ「五三年型シボレー(犯人等が使用乗捨てたものと同型)を買つてくれ」と相談を持ちかけ借金をして困つている話をして帰つた(特捜班ではこの自動車が売れずギヤングを働いたのではないかと推定している)

二、紺野は法政在学中新宿駅附近でピストルの密売買を行い淀橋か四谷署に検挙された。(紺野の学友某(二四)=特に名を秘す=が同日吉田地区署に届出でた。)

三、紺野の妻正子さん(二五)は七日夜九時三十分頃谷村町下谷古物商天野啓二さん方を訪れ日本刀一振を返した(紺野の逮捕は同夜九時十分頃で正子さんはこれより約四十分前に家を出ている。)

などの新事実が判明合同捜査班は指紋を八日夕刻両名から採取同夜横浜市警に持帰り乗捨てた自動車内から発見された指紋と照合することになつた。

なる記事を掲載した。

しかしながら右記事のうち原告は銃砲刀剣類取締法違反で逮捕されたことはなく一及び二記載の事実は全然なく全くのねつ造記事であり三の記事も原告が天野から依頼された刀の売却代金一万円と売残りの刀一振を七日返した事実があるのをギヤング事件と関係あるように印象づけるため殊更に創作された記事である。従て右記事全体から如何にも原告が郵便車ギヤング事件の犯人であるかのような印象を読者に与えるものである。

(六)  三月九日付読売新聞朝刊(二七七五三号)九版に、

「新宿の二人と酷似」(一号活字)

(い)  郵便車ギヤング 渡瀬、紺野容疑深まる。(二号活字)

(横浜発)郵便ギヤング事件合同捜査班が七日夜一応詐欺容疑で逮捕取調を進めている山梨県北都留郡富浜村上鳥沢無職渡瀬美彦(二七)(元埼玉県豊岡町豊岡キヤンプ要員)と同村寺向機業紺野保夫(二四)について横浜市警五十嵐捜査第一課長は八日朝十時三十分次のような談話を発表した。

「渡瀬と紺野は大月周辺を舞台とした自動車ブローカーで両名が有力容疑者と推定されるのは、

〈1〉  乗捨てられていたと思われる自動車を東京都内山梨県下に売り歩いていた。〈2〉 両名が犯人と断定されている東京新宿駅南口で降りたふたりの人相とよく似ている。〈3〉 新宿駅に降りたふたりは甲州街道から山梨県に入つたところまで足取りがとれた。などの点で七日夜はいちおう詐欺容疑で逮捕したが郵便車ギヤングの裏付がとれれば逮捕状も切替え身柄を横浜市警に移す。

(ろ)  紺野短銃密売も(五号活字)

(甲府発)紺野保夫と中学時代同級生という富士吉田市商工会議所勤務市川某氏が八日午後吉田地区署を訪れ「紺野は三四年前ピストルの密売買で東京の淀橋戸塚原宿に逮捕されたことがある」と新事実を証言した。

また紺野の妻正子さん(二五)は七日夜九時三十分頃谷村町下谷古物商天野啓二さん方を訪れ日本刀一振を返した事実がわかつた。紺野の逮捕は同夜九時十分頃で正子さんはこれより四十分前に家を出て居り逮捕直前に返へした点に疑がもたれている。」

なる記事を掲載した。

しかしながら右記事中、

(a)  当時渡瀬、紺野の容疑が深まつた事実はない。

(b)  五十嵐捜査第一課長の談話はなかつた。

(c)  右談話の内容である〈1〉〈2〉〈3〉の事実は全然事実無根である。

(d)  短銃密売買の記事も全然事実無根である。

(e)  刀を返へした事実関係は前記(五)の記事中の三について陳述したとおり殊更に創作した記事である。

右事実無根の記事により原告がギヤング犯人であるかの如き印象を読者に与えている。

およそ新聞紙は社会に起つた諸事実でその掲載を制限又は禁止せられたものでない限りこれを報道して一般社会に対する警告と反省を促し世人を善導する公の使命を有することは勿論であるが又その掲載事項の一般社会に及ぼす影響が大であることに鑑み殊に犯罪の容疑者に対する報道に当つてはそれが単に犯罪の嫌疑であることに留意し新聞紙の前記使命に反して理由なく容疑者の名誉信用を害しないように注意し客観的の立場から事実の報道に終始すべきでありこの注意義務に違反したり且又客観的な立場を逸脱して名を報道にかり故らに容疑者の名誉信用を害するが如き記事を掲載することは右注意義務に違反したものとして許されないものである。

前掲(一)乃至(六)の記事を一読すれば読者は先ず見出し自体から原告が右事件の真犯人であるような印象を受け何人も原告を前記郵便車ギヤング事件の犯人であると考へるのは当然である。しかもその見出しを説明する内容となつている記事も全然事実に反する出鱈目な記事でありこのような種々事実無根の記事を掲載せられたことによりその見出の効果と相俟つて原告は世間から前記兇悪な郵便車ギヤング事件の真犯人として考えられ或は又内容である各個の記事から詐欺犯人若は銃砲刀剣類等を密売不法所持する不良の徒輩と見られ右記事を掲載せられたことによつて回復することのできないまでに名誉信用を毀損せられ精神的損害を蒙るに至つた。而して右は被告の被用者である取材記者、支局長並びに編輯を担当する社員が被告の業務を行うにつき故意又は過失に因て原告に加えた損害であるから被告は使用者として右原告の蒙つた損害を賠償すべき義務を負うことは当然である。原告は当年二十四才の前途ある青年であり山梨県立都留中学校卒業後法政大学を中途退学し現在機業を経営しているものであり原告の父顕は長く商工省に勤務し名古屋京都の毛織物検査所長を歴任し群馬県繊維検査所長を最後に三十余年の官界を退きその後財団法人繊維製品検査協会甲信検査所長を勤める等相当の社会的地位身分を有し又母も生花師範、婦人会の部落幹部をしており一家をあげてその社会的地位は相当高く評価せられている実情である。よつて原告は被告に対する慰藉の方法として別紙文案を以て被告発行の読売新聞朝刊及び夕刊に各二回謝罪広告を求めるとともに金百五拾万円並びに之に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和二十九年五月十四日以降完済に至る迄民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものであつて、尚本件については不法行為地及び義務履行地として当裁判所の管轄に属するものであると陳述した。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、先づ管轄違の抗弁を提出し甲府地方裁判所は被告の住所地でないことは勿論、不法行為のあつたと称する土地の管轄裁判所でもないから本件については管轄がない。即ち本件は原告主張のような記事を掲載した新聞紙を発行したことが不法行為となるかどうかの事件であるがその新聞紙の編輯発行は被告本社たる東京都中央区銀座西三丁目一番地の読売新聞社である。従て仮りに不法行為が成立するとしても東京が不法行為地であり山梨県下に新聞紙が配布せられたとしてもその配布行為が不法行為となるものではないから管轄裁判所は東京地方裁判所である。と述べ本案についての答弁として原告主張事実中昭和二十九年三月一日午後九時四十五分頃横浜市金沢区谷津消防出張所附近国道上においてその主張のような強盗事件が発生したこと。右事件が原告主張の如く全国の日刊紙、NHKその他の民間放送、映画ニユース等により報道せられその犯行の大胆にして悪質な事件であることは日本犯罪史上始めてゞあり全国民の耳目を聳動せしめ従て全国民はその後の犯人捜索逮捕等については毎日の新聞報道に注目していたこと、被告発行の新聞紙に原告主張のような各記事を掲載したこと及び新聞紙の使命が原告主張の如きものであることはいずれも認める。原告の経歴、家庭の事情等については不知、その余の事実は総て否認する。およそ新聞紙は社会的報道機関として社会に発生した諸事実を制限禁止せられない限り之を迅速正確に報道して一般社会に対する警告と反省を促し世人を善導する公の使命を有するものである。そしてその半面その掲載事項が社会に及ぼす影響に鑑み犯罪の容疑者に対する報道についてはそれが単なる嫌疑であることに留意しその名誉信用を害しないよう注意し客観的立場から事実の報道に終始する義務がありこの義務に違反し若は故らに容疑者の名誉信用を毀損する目的で侮辱的な字句を登載するにおいては不法行為の責任を免れないことは議論の余地がない。しかし犯罪の被疑事件に関する新聞紙の報道は嫌疑の原因容疑者の経歴、性格、家庭の状況被疑者検挙の活動状況等を何等私心を挾むことなく公平に客観的立場から掲載したに止まり被疑者を侮辱する意思の表現のない場合にはその記事が被疑者の私行に亘り本人その家族の名誉信用を毀損する虞がある場合であつても新聞紙の報道機関としての正当の業務に属するものであつて不法行為を構成しない。被告は原告が郵便車ギヤング事件の被疑者として警察当局から検挙された際原告が単なる容疑者であることに留意しその名誉信用を傷つけないように注意し客観的立場において被疑者検挙の活動状況を報道したに止まり原告を侮辱する意思は毛頭なかつたのであるから新聞紙の報道機関としての正当業務に属し不法行為を構成するものではない。民事上の不法行為としての名誉毀損についても刑法第二百三十条の規定に則り真実であるとの証明があつたときは特に人を害する目的で名誉を毀損する如き事実を公表した場合の外は不法行為としての責任がない。新聞紙が捜査中の刑事々件を報道するに際り一定の時点の客観的被疑事実を事実として報道したものである限りその後の捜査の推移によつて異る結果すなわち犯罪の嫌疑のないものとして不起訴処分になつたとしても報道記事から常識的に感得理解される事実と存在生起した客観的事実との間に社会通念上同一性が認められれば右報道は真実の報道として正当の業務である。原告と訴外渡瀬美彦は郵便車ギヤング事件の有力容疑者として検挙取調を受け昭和二十九年四月甲府地方検察庁において不起訴処分となつたものであるが被告は警察当局の捜査経過とその結果を逐次ありのまゝに客観的事実として報道したものであるから真実の報道として正当の業務に属するもである。と述べた。〈立証省略〉

理由

先づ管轄違の抗弁について考えてみるに本訴は被告発行の読売新聞紙上に掲載された記事により原告の名誉信用が毀損せられたことを以て不法行為となし被告に対し損害賠償等を求めるものであるから右新聞紙の発売頒布行為も亦不法行為の一部を構成するものと謂わなければならない。而していやしくも不法行為を構成する行為の一部たりとも存在する限り民事訴訟法第十五条にいうその行為ありたる地に該当するものと解するのが相当であつて、しかも損害賠償請求の訴は同法第五条により義務履行地の特別裁判籍も認められるのであるから読売新聞が当地方に頒布せられたことは顕著であり又被告の住所地を管轄する当裁判所はそのいずれにしても本訴につき管轄を有することは明かである。よつて被告の本抗弁はこれを排斥する。

仍て本案に入つて判断するに昭和二十九年三月一日午後九時四十五分頃横浜市西区浅間町三の一二七日本郵便逓送株式会社の郵便車に運転手横山栄一、助手加藤勝治、磯子郵便局金沢分局員岡田義久が同乗横須賀田浦磯子局金沢分局の三ケ所から集めた郵便袋六十個(現金為替十四個小包十六個普通郵便二十八個入)を詰め神奈川局に向う途中金沢区谷津消防出張所附近国道上で追跡して来たクリーム色高級乗用車が突然ジグザグ運転して進路を妨害したためやむなく停車したところ乗用車は運転手一名を残し一見三十才位ハンチングに黒覆面背高の男に続いてピストル猟銃を手にした若い男が二人下車横山運転手を無言で脅迫同乗用車の後部ボツクス(荷物入に)押し込めそのまゝ賊の一人が郵便車を運転朝比奈トンネル附近迄運び同所で賊の二人が横山運転手を郵便車の荷物入れに移す間に他の二人が相当数の現金(百弐拾万円位と推定)為替など金目のものを抜きとつて同車のローターを外し進行不能にした上大船方面に逃走した事件が発生した事実、全国の日刊新聞紙が翌二日の夕刊及び三日の朝刊紙上に「横浜で郵便自動車ギヤングに襲わる」等の見出しのもとに社会面のトツプに紙面の大半を費し五段六段抜きで大々的にこれを報道し又NHKラジオニユース、ラジオ東京、文化放送を始めその他の民間放送に放送せられ或は又映画ニユース等にも映写せられて日本全国津々浦々にいたる迄くまなく報道せられその犯行の大胆にして悪質の強盗事件であることは未だかつてなく日本犯罪史上初めての事件であり全国民の耳目を聳動させ従て国民はその後の犯人捜査逮捕等については毎日の新聞報道に注目していた事実及び被告が右事件に関しその発行する読売新聞紙上に原告主張のような内容の各記事を掲載した事実はいずれも本件当事者間に争がない。而して証人石飛真澄(第一、二回)同鹿子田耕三、同鐙長吉(第一、二回)同村上英俊(第一、二回)同中川辰男、同桑原大行、同笠井忠雄の各供述に依ると昭和二十九年三月三日山梨県北都留郡富浜村地内扇山の山麓で前掲郵便車強盗事件の犯人が乗り捨てた自動車が発見されたため横浜市警察署が主体となりこれに国家警察山梨県本部が協力して合同捜査を行うこととなりその本部が富浜村役場内に設けられたので被告新聞社は右事件に関し横浜支局及び甲府支局勤務の記者を現地に派遣して取材活動を開始し右現地記者の取材した各原稿が甲府支局等を通して被告本社に送られ編輯を担当する社員に依て整理のうえ前掲各記事となつて被告発行の読売新聞紙上に掲載せられるに至つたものであることが認められる。しかるところ原告は右記事はその指摘する諸点において全く事実に反し原告の名誉を毀損するものであると主張するので先づこの点について検討する。

(一)  昭和二十九年三月八日附夕刊(二七七五二号)四版上「渡瀬紺野容疑深まる(初号活字)」なる見出しのもとに掲載された

(1)  渡瀬、紺野両名は同署鈴木警部の取調べに対し「谷村町下谷天野啓二さん方から刀を売つてやると持去つたことは事実だ」と詐取の点を認めているという記事について。(請求原因(一)項(い)記載)

(2)  詐欺を自供渡瀬と紺野なる記事の内容について。(請求原因(一)項(は)記載)

成立に争のない甲第五号証同第二十号証並びに証人鈴木亀造の供述を綜合すると、原告は昭和二十八年十二月十六日午前八時頃天野啓二から現金参万円を詐取したという被疑事実について発せられた逮捕状により昭和二十九年三月七日午後十時逮捕され翌八日谷村地区警察署司法警部鈴木亀造の取調を受けたが原告には右被疑事実の外天野啓二より日本刀二振を詐取した容疑があり原告は同警部の取調べに対し前掲記事と同趣旨の陳述をしていることが認められるので右記事は原告に関する限り事実を記述したものであり他に右認定を覆し得る証拠はない。

(3)  「横浜発」横浜市警五十嵐捜査一課長は八日朝十時三十分から記者団と会見次のような談話を発表した云々の記事について(請求原因(一)項(ろ)記載)

成立に争のない乙第三号証、証人五十嵐勇、同桑原大行、同鹿子田耕三の各供述を綜合すると横浜市警察署捜査第一課長五十嵐勇は昭和二十九年三月八日朝横浜市警察署において新聞記者団と会見し特に原告等を目して容疑者という言葉は使わなかつたとしても前掲記事の内容と殆んど同様の談話を発表していることが認められ他に原告主張のように右談話が全然なかつたものとなす証拠はない。

更に原告は右談話の内容自体についても事実に相違する旨主張しているが右記事は事件の捜査を担当した横浜市警察署五十嵐捜査第一課長の談話そのものを掲載したものであるからたとえその内容について事実に相違する点があるとしてもこれを以て直ちに右記事が事実に反することを掲載したものとなすことはできない。だとすれば右(1) 乃至(3) の記事は事実を記述したものであつて「渡瀬、紺野容疑深まる」なる見出も亦必ずしも原告を前掲郵便車強盗事件の容疑者として取扱つたものとは受取れない。その他右見出のもとに掲載された記事を通読してみるも右記事の総てが事実無根であつて読者をして原告が前掲郵便車ギヤング事件の犯人であるかの如き印象を与えるものと断定するには足りない。

(二)  同年三月八日附夕刊(第二七七五二号)一版上郵便車ギヤングの有力容疑者(特号活字)山梨で二名逮捕(初号活字)なる見出しのもとに掲載された。

(1)  「紺野保夫を自宅でそれぞれ詐欺(去る一月南都留郡谷村町に自動車を売込みに来て四千円を詐取した)及び銃砲等不法所持の疑により逮捕」という記事について(請求原因(二)項(い)記載)

成立に争のない甲第五号証乃至同第七号証、証人鈴木亀造及び原告本人(第一回)の各供述に依ると原告は昭和二十九年三月六日谷村簡易裁判所裁判官より「昭和二十八年十二月十六日午前八時天野啓二方において同人に対し明日返済する旨申詐り現金参万円を詐取した」という被疑事実につき逮捕状が発せられたが翌三月七日谷村地区警察署に任意出頭し同日午後十時同署において右逮捕状の執行を受けたものであつて前掲記事の如き内容の詐欺及び銃砲刀剣類等所持取締令違反の被疑事実によりしかも自宅で逮捕されたものではないことが認められ他に右認定を覆し得る証拠はない。

(2)  「三名は顔見知り」(一号活字)なる記事の内容について。(請求原因(二)項(ろ)記載)。

証人渡瀬美彦並びに原告本人(第一回)の供述に依ると訴外渡瀬美彦はかつて埼玉県入間郡豊岡町の駐留軍キヤンプに勤めていたことがなく従て同所に勤務当時原告と知り合つたものではなくむしろ原告とは中学校時代から交友関係があつたものであること、又訴外畔柳時雄なる人物とは全然面識がなく従て原告と渡瀬両名が畔柳に伴われて大月信用金庫総務課長吉村敏雄方を訪問したこと及び右三名が共謀して駐留軍関係の用品ブローカーをしていたという事実の如きは全くないこと更に原告が自動車の運転ができるという事実もないことが認められ之等の点に関する証人石飛真澄(第二回)の供述は措信し難いし他に右認定を覆し以上の諸点に相違する前掲記事が事実であることを証明し得る証拠はない。

(3)  詐欺を自供、渡瀬と紺野(四号活字)なる記事の内容について(請求原因(二)項(は)記載)

右記事中原告が詐欺を自供したという事実の真否については既に右と同一内容の記事である(一)の(1) 及び(2) についての判断どおりである。

(4)  「さらに第四の男?けさ両名宅を家宅捜索」なる記事の内容について(請求原因(二)項(に)記載)

証人鈴木亀造、同五十嵐勇、同渡瀬美彦並びに原告本人(第一回)の供述に依ると右記事に在るように原告が襲撃された自動車の被害者加藤勝治及び鳥沢駅から乗車している二人組を目撃している同駅員数名に面接させられた事実のないことが認められ他に右認定を覆し右記事が事実であることを証明し得る証拠はない。

(5)  「有力な手がゝりつかむ」という記事の内容について(請求原因(二)項(ほ)記載)

成立に争のない甲第十号証同第十一号証並びに証人鈴木亀造、同紺野まさ子の供述に依れば原告方を家宅捜索の際押収されたものは詐欺被疑事実に関係のある被害者天野啓二より原告に宛てたはがき一枚だけであつて右記事の内容にあるように係官は押入、天井裏までくまなく捜索を行つた結果保夫の机の引出から渡瀬と交わした手紙や東京都新宿区某氏からの借金督促状などを発見したという事実のないことが認められ他に右認定を覆し右記事が事実であることを証明し得る証拠はない。

はたしてそれならば右三月八日附夕刊(第二七七五二号)一版上に郵便車ギヤングの有力容疑者なる見出を以て掲載された記事は以上(1) (2) (3) (4) (5) において認定したように事実に相違する部分を含むばかりでなくその全体を通読するときはその見出と相俟つてあたかも原告が銃砲等の不法所持に依て逮捕され且つ訴外渡瀬美彦及び畔柳時雄と共に前掲郵便車ギヤング事件の被疑者として逮捕取調を受けているかのような取扱をなし読者をして右の如き印象を受けしめるに足るものといわなければならない。

(三)  同年三月八日附朝刊(二七七五二号)十四版上に郵便車ギヤングの有力容疑者(特号活字)なる見出を以て掲載された、

(1)  身柄は追て本部に移す(四号活字)なる記事の内容について(請求原因(三)の(は)記載)

証人田端隆平の供述に依ると前掲郵便車ギヤング事件の特別捜査班では犯人の使用した自動車が山梨県南都留郡扇山々麓に乗り捨てられていた点から見て犯人は右附近の地理に明るいものであると推定したところ原告と渡瀬の両名が外車の売込をした事実がある旨の聞込を得たので右事実を確めるため両名を重要参考人として取調べた程度に過ぎないのであつて従つて右捜査の任に当つていた横浜市警察署警部補田端隆平が新聞記者に対し右記事に掲載されているような談話を発表した事実のないことが認められこの点に関する証人大芝裕の供述はにわかに措信し得ないし他に右認定を覆し右記事部分が事実であることを証明し得る証拠はない。右の他同見出の下に掲載されている(2) 山梨で二名逮捕(請求原因(三)項(い)記載)、(3) 三名は何れも顔見知り(請求原因(三)項(に)記載)なる各記事の内容中に事実に相違する部分を含むことは既に(二)の(1) 及び(2) について判断したとおりである。而して右三月八日附朝刊紙上に掲載された記事も亦全体を通読するときはその見出並びに不敵な笑いで否認なる形容を用い又連行される紺野と題して原告の写真を掲載するなどの点と相俟つて原告が郵便車ギヤング事件の容疑者として逮捕取調べを受けているかの如く取扱い読者をして右の如き印象を与えるに足るものといわなければならない。

(四)  三月八日附朝刊(二七七五二号)九版上に新宿下車の二名判る(一号活字)郵便車ギヤング逮捕状請求(二号活字)なる見出を以て掲載された記事(請求原因(四)項記載)について。

証人五十嵐勇、同田端隆平、同若木富平、同笠井節男の各供述を綜合すると前掲郵便車ギヤング事件の特別捜査班では犯人の使用した自動車が山梨県南都留郡富浜村扇山々麓に乗り捨ててあり且つ右自動車は駐留軍将校の所有物であつたところから犯人は駐留軍関係者で且つ右乗り捨てられた場所附近の地理に明るい者であるとの見込をつけたところ偶々原告等が外車の売込に歩いたという聞込みがあつたので右事実を確めるべく原告及び訴外渡瀬美彦を取調べたものであつて同人等を右事件の主犯であるとの疑をかけた事実はなく従て右記事の如く原告等を同事件の被疑者として逮捕した事実又大月警察署々員が原告等を逮捕のため上京した事実もないことが認められ他に右記事の内容が事実であることを証明し得る証拠がない。

(五)  三月九日附朝刊(第二七七五三号)十四版上に渡瀬、紺野に新事実(一号活字)郵便車ギヤング乗用車の指紋と照合(二号活字)なる見出を以て掲載された記事の内容(請求原因(五)項記載)について。

原告が銃砲刀剣類等所持取締令違反の容疑で逮捕された事実のないことは前認定のとおりであつて証人天野啓二、同渡瀬美彦、同田端隆平並びに原告本人の各供述に依ると右記事の内容のように原告と訴件渡瀬美彦の両名が昭和二十九年二月末頃山梨県南都留郡谷村町下谷二九の二古物商天野啓二方を訪れ五三年型シボレー(犯人が使用乗捨てたものと同型)を買つてくれと相談を持ちかけ又借金に困つている旨の話をした事実のないことが認められ又証人五十嵐勇、同鈴木亀造、同田端隆平並びに同笠井節雄の各供述を綜合すると前掲郵便車ギヤング事件の特別捜査班において原告紺野に対し右認定の自動車が売れないため郵便車ギヤングを働いたのではないかと推定していた事実のないことも認められる。更に証人紺野顕及び原告本人(第一回)の供述に依ると原告が法政大学在学中新宿駅附近でピストルの密売買を行い淀橋か四谷署に検挙された事実も亦存在しないことが認められ他に以上の認定を覆し右記事部分が事実であることを証明し得る証拠はない。

(六)  三月九日附朝刊(第二七七五三号)九版上「新宿の二人と類似」(一号活字)なる見出しのもとに掲載された、

(1)  郵便車ギヤング渡瀬と紺野容疑深まる(二号活字)なる記事の内容(請求原因(六)項(い)記載)について。

右記事中(横浜発)として掲載された横浜市警察署五十嵐捜査第一課長の談話に関しては既に右と同一記事である。(一)の(ろ)について判断したとおりである。

(2)  紺野短銃密売も(五号活字)なる記事の内容(請求原因(六)項の(ろ)記載)について。

証人市川元治並びに右証人の供述に依て成立を認める甲第四号証の一及び二に依ると右記事のように原告と中学校の同級生であつた富士吉田商工会議所勤務市川元治が八日午後富士吉田署を訪れ「原告が三、四年前ピストルの密売買で東京の淀橋戸塚原宿署に逮捕された」旨の陳述をした事実は全然ないことが認められ他に右認定を覆し右記事の真実性を証明し得る証拠はない。

思うに新聞紙に掲載発行した記事で他人の名誉信用を毀損するものはたとえそれが公共の利害に関する事実に関連し専ら公益を図る目的に出たものであつてもその記事が真実であることを証明しない限り新聞社は右記事についての不法行為に因る損害賠償の責を免れ得ないものといわなければならない。而して犯罪の容疑者に関する報道についてはそれが単なる嫌疑であることに留意しその名誉信用を害しないよう十分注意し客観的立場から事実の報道に終始する義務があることは勿論であつて或る人が特定の被疑事件について逮捕されたこと、右嫌疑の原因、被疑者の経歴、性格家庭の事情若は被疑者検挙の活動状況等を公正な客観的立場から報道する自由はあつても進んでその者が犯人であることを主張若は断定し又は一般読者に対し斯る印象を与うる程度に誇張して報道することは許さるべきでない。

これを本件について考えてみるに前掲郵便車強盗事件の合同捜査に当つた横浜市警察署、国家警察山梨県本部当局は犯人の乗り捨てた自動車が駐留軍将校の所有物であり又その場所的状況により犯人は駐留軍関係者で且つ右場所の地理に精通した者であると推定していたところたまたま原告及び訴外渡瀬美彦の両名が外車の売込に歩いたことがある旨の聞込を得たので右事実を確める必要があつたため原告を詐欺の被疑事実について逮捕し旁々前掲郵便車強盗事件の関連事実について取調べをしたものであつて或る程度重要な参考人と目していたとはいえ当初から右強盗事件の主犯若は容疑者と考えていたものではなくまして右事件の被疑者として逮捕取調をなしたものでないことは既に認定したとおりである。証人石飛真澄(第一、二回)は原告等に対する逮捕状の容疑が表向きは詐欺であつたことは後に知つたのであるが一般に警察では大事件の捜査に当つては二股捜査を行い始めは軽微な事件の容疑で取調べるのが常であつたし本件では管轄権のない横浜市警が十数名の警察官を動員して捜査に当つていたこと。係官が軽微な詐欺容疑であるに拘らず簡単に被疑者の氏名を発表しなかつたこと、その他警察官の態度等客観的に見て捜査当局は原告等を郵便自動車事件の主犯と見ていたのであつてこれ等の点からわれわれは原告等が真犯人ではないかとの心証を深め郵便車ギヤング事件の容疑者として逮捕されたものと考えた旨及び証人村上英俊(第一回)同中川辰男も亦略右と同趣旨の供述をしており証人鹿子田耕三は捜査本部では原告を郵便車ギヤング事件の有力容疑者として取調べを進めていたように感じられた。その理由として第一に一詐欺事件の容疑者を取調べるなら地元警察署で十分であるに拘らず横浜市警本部から刑事十数名を派遣して取調べに当つたこと、第二横浜市警及び国警山梨県本部が合同捜査本部を富浜村役場に設けたこと、第三原告及び渡瀬美彦の指紋と乗り捨てた自動車から検出された指紋の照合をしたこと、第四田端警部補が直接原告の取調べに当り之が白になつたらだめだと述べていること、第五横浜市警察署詰記者の話によれば五十嵐捜査第一課長が原告と渡瀬が今迄検挙したうちで一番有力容疑者であると洩らしたということ等である旨供述し又証人鐙長吉(第一回)は被告新聞社が原告と渡瀬美彦を郵便車ギヤング事件の有力容疑者と断定した根拠は原告等を逮捕してから谷村地区警察署大月地区警察署竜王警察署と転々身柄を移して取調べたこと及び一詐欺事件に横浜市警から十数名の刑事を派遣して取調べをする筈がないことなどである旨供述している。しかし以上の供述中横浜市警察署田端警部補が原告を取調べたという事実は証人田端隆平の供述と対比し又同署五十嵐捜査第一課長が新聞記者に洩らしたという事実も亦証人五十嵐勇の供述と対比するときは措信し難いことであつて横浜市警察署及び国家警察山梨県本部の合同捜査班なるものが富浜村役場内に設けられた事情は前認定のとおりであり決して原告等を逮捕取調べをするためにのみ設けられたものでないことは明かである。而して現行刑事訴訟法の下においては現行犯の場合を除き犯罪容疑ありとして被疑者を逮捕するには適法な疎明資料を審査し一定の犯罪容疑のあることを確認した上発布される裁判官の逮捕令状を必要とするのであるから犯罪容疑による逮捕といい得るには右の如き裁判官の発した逮捕令状の存在を前提とするのであつて警察官の単なる主観的嫌疑乃至見込の程度においては未だ逮捕される容疑ありとなすことはできないのである。従て詐欺の容疑により逮捕した原告に対し前掲郵便車強盗事件の関連事実につき取調べをした事実があるとしてもそれは警察官の単なる主観的嫌疑乃至見込の域を出ず余罪取調の段階に過ぎないのであつて斯る捜査状況より見て直ちに原告が強盗事件の容疑者として逮捕されたものと断定することは速断であり斯る主観的判断に基いてこれを新聞紙に掲載発行することは一定時点に生起した事実をその尽真実なものとして報道したものということはできない。

はたしてそれならば前掲昭和二十九年三月八日附夕刊(第二七七五二号)一版上に掲載された記事は前認定のような個々の点において事実に反する部分を包含するばかりでなく「郵便車ギヤングの有力容疑者」なる見出に続いて「山梨で二名逮捕」なる見出を掲げあたかも原告等が右郵便車ギヤング事件の容疑によつて逮捕されたかの如くに扱い且つ「三名は顔見知り」なる記事においては渡瀬、紺野、畔柳の三容疑者は、なる書出しを以て原告等が当初から郵便車強盗事件の被疑者として逮捕取調を受けている如き行文をなしているのであるから前顕理由により右は全く事実に添わない報道であるといわざるを得ないし前掲同日附朝刊(第二七七五二号)十四版に掲載された記事も亦略同様の非難を免れない。又前掲同日附朝刊(第二七七五二号)九版上に掲載された記事は原告等が郵便車ギヤング事件について逮捕状を請求され捜査当局は原告等は右事件の主犯と見ている旨全く事実に反する事項を掲載したこととなり更に前掲同年三月九日附朝刊(第二七七五三号)十四版及び同日附朝刊(第二七七五三号)九版上の各記事はあたかも原告が三、四年前ピストルの密売買により東京の淀橋戸塚原宿警察署に逮捕された事実がある如き印象を与うるものであつて之等の各記事はいずれも事実に相違し原告の名誉信用を毀損するものと断定せざるを得ない。

而して前掲各証人の供述によつて認められるような判断のもとに原告を郵便車強盗事件の容疑者と速断して右のような記事を掲載するに至つたことは現地記者の取材表現上の過失に基くものであり之を看過した編輯担当の社員にも亦同様の過失があるといわざるを得ないことであつて右は成立に争のない甲第二号証の一、(昭和二十九年三月八日附毎日新聞夕刊)乙第一同第二号証(昭和二十九年三月八日附朝日新聞夕刊)同第四号証(同日附毎日新聞日刊)と対照しても明かである。しかれば右被用者の選任監督につき被告において相当の注意義務を払つたとする主張及び立証のない本件においては被告は民法第七百十五条に依り右被用者がその過失に基き原告に対し加えた損害につき使用者として賠償の責を負わねばならない。

仍て損害賠償の額及び方法について考えてみるに証人紺野顕、同紺野まさ子並びに原告本人の各供述に依ると原告は当時二十四才の青年であつて山梨県立都留中学校卒業後法政大学専門部商科を中途退学し現在家庭において機業に従事しているものであり本件新聞記事により世間から白眼視せられ又営業上においてもかなりの支障を来し且つ就職口を失つた事実が認められこれに前掲新聞記事の内容、被告が我国指おりの大新聞であることの顕著な事実その他諸般の事情を斟酌して被告が原告の精神的損害を賠償すべき金額は金拾万円を以て相当と認める。尚原告は謝罪広告の掲載をも求めているけれども成立に争のない乙第二十三、同第二十四号証に依れば被告は昭和二十九年三月九日附夕刊及び翌十日附朝刊紙上に原告が前掲郵便者強盗事件とは全然無関係である旨真実の記事を掲載していることが認めるのでこれに依て原告の名誉信用は回復せられたものと認められるのが相当であるから更に謝罪広告文までも掲載しなければならないとする必要性は存しないものといわなければならない。

よつて原告の本訴請求は右金拾万円及び之に対する本件訴状送達の日の翌日であること明かな昭和二十九年五月十四日以降完済に至る迄民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においてのみ正当としてこれを認容しその余は失当として排斥することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条仮執行宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山孝)

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